東京地方裁判所 平成10年(行ウ)45号 判決 1998年7月31日
原告 有限会社プラトン
被告 関東運輸局東京陸運支局長
代理人 齋藤紀子 清宮克美 ほか六名
主文
一 本件各訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告が平成九年一月二一日付けで別紙物件目録記載の自動車についてしたまつ消登録の回復処分を取り消す。
二 被告は、前項の自動車について、前項の処分の取消しを原因とする自動車登録のまつ消をせよ。
第二事実関係
一 事案の概要
本件は、職権によるまつ消登録がされた別紙物件目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を動産競売手続において買い受けた原告が、右まつ消登録に係る自動車の登録が職権で回復されたため、その後に行った新規登録の申請を拒絶されたとして、右登録の回復の違法を主張してその取消しを求めるとともに、右回復された登録のまつ消を求めるものである。
二 争いのない事実等(<証拠略>)
1 訴外株式会社チーフカーズは、本件自動車を所有し、その登録(以下「本件自動車登録」という。)を経ていた。
2 被告は、平成八年二月一九日、道路運送車両法(以下「法」という。)一五条三項の規定により、職権で、本件自動車についてまつ消登録をした(この登録を以下「本件まつ消登録」という。)。
3 原告は、債務者を訴外安里武一とする動産競売手続において、平成八年一二月六日、本件自動車を買い受け、同日付けで、訴外鎗田克明に本件自動車を譲渡した。
同月一〇日、原告代表者は、訴外鎗田克明の代理人として、関東運輸局千葉陸運支局長に対し、本件自動車につき、新規登録及び新規検査の申請をした。その際提出された申請書には、まつ消登録証明書(法一六条二項)は添付されておらず、代わりに右動産競売手続によって原告が本件自動車を買い受けた事実及び原告から訴外鎗田克明へ本件自動車が譲渡された事実が記載された原告作成の「顛末書」と題する書面が添付されていた。
また、右申請の際、本件自動車から自動車登録番号標は取り外されていなかった。
4 被告は、平成九年一月二一日、本件まつ消登録は、法一五条一項の要件を充足しないのにされたものであるとして、職権をもって、本件自動車登録の回復(以下「本件登録回復処分」という。)を行い、原告は、翌二二日、登録事項証明書により、右事実を知った。
5 原告は、平成一〇年一月二六日、八王子検査登録事務所において、本件自動車の新規登録の申請をしたが、その受理を拒絶された。
6 原告は、平成一〇年二月二日、被告に対して、本件登録回復処分につき異議を申し立て、同月四日、本訴を提起した。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
1 本件登録回復処分の取消しを求める訴え(請求一)の適法性について
(原告)
(一) 原告適格及び訴えの利益について
本件登録回復処分がなければ、原告は本件自動車を動産競売により即時取得(民法一九二条)し、本件自動車につき新規登録を申請することができたのに、本件登録回復処分により即時取得の適用がなくなり、原告は所有者として新規登録を受ける地位を喪失し、回復された登録の登録名義人に対して移転登録を求めざるを得なくなるのである。したがって、本件登録回復処分は原告の権利を侵害する処分であり、原告にはその取消しを求める適格及び訴えの利益があるというべきである。
また、本件まつ消登録の原因には法一五条一項一号の「用途廃止」も含まれ、法七条、一六条一、二項による新規登録の対象となるというべきである。
(二) 本件登録回復処分の処分性について
本件登録回復処分は、職権による登録(自動車登録規則(昭和四五年運輸省令第七号。以下「規則」という。)二三条、自動車登録令(昭和二六年政令第二五六号。以下「令」という。)三三条)であり、「形成的行政行為」というべきものであるから、処分性を有する。
(三) 出訴期間について
法三七条により、登録に関する異議については異議申立期間に関する行政不服審査法四五条の適用が排除されているところ、本件訴えは平成一〇年二月二日付けでした異議申立てに対応するものであって、右異議申立てに対する裁決が未だなされていないことからして、本件訴えは出訴期間を徒過していないというべきである。仮に未だ裁決がなされていないことが問題となるとしても、前記のとおり、本件登録回復処分による損害は著しく、原告はこれを避けるため緊急の必要があるから、行政事件訴訟法八条二項二号により、本件訴えは適法というべきである。
(被告)
(一) 原告適格について
登録の処分について登録上の利害関係を有する者は登録の形式上利害関係を有する者であるところ、本件登録回復処分の効力が直接及ぶのは本件まつ消登録の当時の登録名義人であり、原告ではない。また、原告は、本件登録回復処分により即時取得による利益を害されたと主張するが、即時取得の制度は動産に対する相手方の占有への信頼を保護する制度であり、その判断基準時は動産の占有開始(占有取得)時である(民法一九二条)から、本件登録回復処分は動産競売により原告が取得した権利に何ら影響を及ぼすものではない。
したがって、原告には、本件登録回復処分の取消しを求める原告適格がない。
(二) 訴えの利益について
右のとおり、本件登録回復処分は動産競売により原告が取得した権利に何ら影響を及ぼすものではない。また、登録は自動車についての公証行為であって、実体的権利関係に影響を及ぼすものではなく(法五条一項)、本件登録回復処分が取り消され本件まつ消登録がされた状態となっても、本件自動車についてまつ消登録の事由がなかった以上、新規登録をすることはできないのであるから、原告には、本件登録回復処分の取消しを求める訴えの利益がない。
(三) 本件登録回復処分の処分性について
まつ消登録を回復する登録は、当該自動車の存在及びまつ消登録前の登録状態を公示するものにすぎず、私人の権利を侵害したり、義務を課する等、個人の法律上の利益に直接法的効果を有しないものであるから、処分性を有しない。また、本件登録回復処分は、法一五条三項による職権によるまつ消登録の事由が存在しないことが判明したことから、救済措置として法律の根拠なく行政庁が自らの行為を是正したものであり、公権力の行使という色彩の乏しいものである。
(四) 出訴期間について
原告は本件登録回復処分を知った平成九年一月二二日から三か月以内に本訴を提起していないから、本訴は行政事件訴訟法一四条一項に違反する不適法なものである。同条四項の規定は、原処分につき適法に訴えを提起できる場合に不服審査を経たことにより原処分を争えなくなることを防止する趣旨に出たものであるから、原処分についての出訴期間(同条一、三項)内に異議申立て等がされていることを要するのである。
2 本件登録回復処分の違法性について
(被告)
(一) 被告は、平成八年二月一九日、本件自動車につき法一五条一項に該当する事由があるとして、本件まつ消登録をしたが、平成八年一二月六日、訴外鎗田克明の代理人として原告が提出した本件自動車の新規登録の申請書の添付書類のなかに、自動車登録番号標を取り付けた本件自動車の写真及び車台番号の拓本があり、本件自動車が法一五条一項の事由に該当しないことが明らかとなったため、本件登録回復処分をしたものである。
(二) なお、「登録自動車の実態調査及び職権によるまつ消登録の実施について」(昭和五二年一二月七日自管第一二七号自動車局整備部長通達。<証拠略>。以下「通達」という。)記5は、職権によるまつ消登録について異議の申出があった場合に当該申出に理由があると認めるときは、当該まつ消に係る登録を回復するものとしているが、本件では、通達に基づく職権まつ消登録に過誤が判明したため、異論の申出がなくとも救済措置として本件登録回復処分をしたものである。
(原告)
(一) 職権による登録回復に関する手続を定める規定はないから、本件登録回復処分については、令三八条に基づいて定められた規則二三条により準用される令三三条に基づいて、登録上の利害関係人に対する通知を要するのに、原告はこの通知を受けていない。
(二) 職権で行われた本件まつ消登録に対しては誰からも異論の申出がなかったのであるから、本件登録回復処分は通達に違反し、違法である。
(三) 登録まつ消処分は、自動車の滅失、解体のみならず用途廃止による場合にも可能であり(法一五条一項一号)、本件まつ消登録は用途廃止を理由としたともいえるから、本件自動車が存在しても本件まつ消登録は適法であり、したがって、本件登録回復処分は違法である。
(四) 本件登録回復処分は、本件まつ消登録という行政処分を遡及的に取り消すものであるが、原告は、本件自動車を未登録の状態の時に即時取得しており、第三者の法的地位に重大な影響を及ぼす行政行為は、みだりに取り消すことは許されない。
3 回復された本件自動車登録のまつ消を求める訴え(請求二)の適法性について
(原告)
行政処分の違法を審理する裁判において、司法が行政の第一次判断に対抗することは制度上当然であるから、違法な登録につきまつ消を求める訴えは適法である。
(被告)
請求二の訴えは、本件登録回復処分の取消しを求めることを超えて、本件登録回復処分により現出された登録のまつ消という新たな行政処分をなすことを求める義務付け訴訟であるところ、本件において、義務付け訴訟の適法性を肯定すべき事情はなく、行政権の第一次的判断権を侵害する不適法な訴えである。
第三証拠関係
本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四争点に関する判断
一 本件登録回復処分の取消しを求める訴え(請求一)の適法性について
1 自動車は、財産の性質において本来動産に属するものであるが、これを運行の用に供するためには自動車登録ファイルに登録を受けることを要し(法四条)、所有者の申請に基づく新規登録により、自動車登録ファイルへの登録がされたときは、この新規登録を前提として、登録事項のうち所有権の移転以外の所定の事項の変更については変更登録(法一二条)が、所有権の移転については移転登録(法一三条)がされ、登録された自動車に係る所有権の得喪には登録が対抗要件とされ(法五条一項)、また、登録を受けた自動車は抵当権の目的とすることができ、この抵当権の得喪、変更は、自動車登録ファイルに登録することを対抗要件とするものとされている(自動車抵当法三条、五条)。
また、自動車が滅失し、解体し、若しくはその用途を廃止したとき又は車台が新規登録の際に存したものと異なり自動車としての同一性を喪失したときは、所有者の申請又は職権によって、自動車の登録につきまつ消登録がされる(法一五条一、三項)。なお、この場合の用途の廃止とは、滅失又は解体と同様に、走行手段としての自動車の経済的効用を客観的に喪失させることを意味し、所有者の意思によって運行の用に供することを停止する供用停止(法一六条)と区別される。そして、法一五条一項に規定する自動車の滅失等、用途廃止及び同一性喪失並びに法一六条に規定する供用停止のいずれの事由による場合でも、まつ消登録がされたときは、当該登録は現在記録ファイル(令六条)から外され、法四条に規定する「自動車登録ファイルに登録を受けた」自動車の状態は終了する。
もっとも供用停止によるまつ消登録がされた自動車は自動車として存在しているから、改めてこれを運行の用に供しようとするときは、未だ登録をうけたことのない自動車と同様に、新規登録の対象とすることができる(法七条一項、規則五条一項五号)のに対して、滅失等、用途廃止又は同一性喪失によるまつ消登録がされた自動車は、右まつ消登録の事由が真実であるときは登録に係る自動車が存在せず、逆にまつ消登録の事由が誤りであって登録された自動車が同一性を保って存在するときはまつ消登録が原因を欠く違法なものであったことになるから、これを運行の用に供するためには、自動車の存在とこれについての権利変動を公示するという登録制度の趣旨に照らして、まつ消登録前の状態を回復すべきものであって、新規登録の対象とすることはできないものというべきである(法七条一項、規則五条一項は、法一五条によるまつ消登録に係る自動車の新規登録を予定していない。)。
また、職権によるまつ消登録が違法であった場合に、まつ消登録を行った行政庁自身が、行政処分の適法性を回復するために、職権によって、当該行政行為を取り消すこと(自庁取消し)は、まつ消登録を職権で行う権限の中に含まれているものというべきである。なお、原告が引用する通達の規定は、職権まつ消登録につき異論の申出があった場合に、その理由があるとき、すなわち右まつ消登録に過誤があるときは、まつ消された自動車の登録を回復すべきことを規定するに止まり、まつ消登録の過誤が判明しても異論の申出がなければ、まつ消された自動車の登録を回復してはならないというものではない。
2 抗告訴訟の原告適格は、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者、すなわち、当該処分によって法律上保護された利益を侵害されている者に限って認められる(行政事件訴訟法九条)。
ところで、本件登録回復処分は、現在記録ファイルから外された登録事項を本件まつ消登録前の状態に回復し、本件まつ消登録当時の登録内容を公示するものであって、本件まつ消登録後の権利変動の効力を左右するものではないから、本件登録回復処分の本来的効力は、本件まつ消登録後に本件自動車の所有権を取得したとする原告の利益を侵害するものではない。
この点につき、原告は、本件まつ消登録がされた状態であれば、本件自動車につき新規登録を受けることができ、また、本件自動車を即時取得することができたのに、本件登録回復処分によって、右権利又は利益を侵害された旨の主張をする。
しかし、本件において、原告は、本件まつ消登録後に本件自動車をその同一性を損なうことなく買い受けたというのであるから、本件まつ消登録当時、本件自動車が、法一五条一項に規定する滅失等、用途廃止又は同一性喪失の状態になかったことは明らかというべきである。
そうすると、本件登録回復処分の有無にかかわらず、本件自動車を運行の用に供するためには、本件まつ消登録時の登録を回復すべきものであるとはいえても、新規登録によることはできないものというべきであるから、本件登録回復処分によって、新規登録が妨げられているということはできない。
また、既に説示したとおり、本件登録回復処分は、本件まつ消登録時において本件自動車が存在したこと及び本件まつ消登録時の登録内容を公示するものにすぎず、それ自体は、自動車に関する権利の変動を公示するものではなく、まつ消登録後の権利変動の効力に影響を及ぼすものでもないから、過誤によって自動車の登録をまつ消された本件自動車が動産競売に付せられ、原告がこれを買い受けたという事実は、本件登録回復処分によって否定されるものではない。したがって、この場合における即時取得の成否は、誤って職権まつ消登録がされた本件自動車登録の対抗力の消長、あるいは、過誤によって自動車の登録をまつ消された本件自動車が動産の権利移転の対抗要件に従うのかという民法上の解釈に関わる問題であって、その後にされた本件登録回復処分の有無に関わるものではないというべきである。
したがって、本件登録回復処分によって、原告が本件自動車の新規登録を受けるという手続上の利益又は本件自動車の所有権取得が侵害されたということはできず、原告が本件登録回復処分によってその他の法律上保護された権利又は利益を侵害されたということもできないから、原告は、本件登録回復処分の取消しを求める原告適格を有しないというべきである。
3 以上によれば、原告の本件登録回復処分の取消しを求める訴えは、その余の点を検討するまでもなく、原告適格を欠く不適法なものというべきである。
二 回復された本件自動車登録のまつ消を求める訴え(請求二)の適法性について
抗告訴訟は、行政庁の行った処分が違法である場合に、裁判所がこれを取り消し、若しくは無効を確認し、又は処分がなされない場合に、その違法を確認するものであって(行政事件訴訟法三条)、裁判所が行政庁に成り代わって処分を行うことを予定するものではなく、処分が違法とされたときは、行政庁において、判決に従った処分をすべきものである(同法三三条二項)。その故に、行政庁に対して処分をなすべき旨を義務付けることを求めるためには、行政庁の裁量の余地を残すまでもない程度に処分要件が一義的に明確であること、当該処分の取消し等の他の方法では原告の権利を救済することができず、義務付けを認めないと原告に回復困難な損害を生じさせるおそれがあることが必要とされるのである。
これを本件の請求二の訴えについてみるに同請求は、本件登録回復処分の取消しを前提とするものであって、同請求による権利救済の可否は、本件登録回復処分の取消請求(請求一)の成否に係るものであるところ、請求一が認容されるときは、請求二の訴えの目的は達成され、請求一が排斥されるときは請求二を認める余地もないから、請求一の訴えに加えて請求二の訴えを許容すべき理由はないというべきである。すなわち、まつ消登録がされた状態が回復されても原告が新規登録を受ける地位を取得したり、本件自動車の所有権の帰属が左右されたりするものでないことは既に説示したとおりであるから、請求二の訴えによって原告の主張する権利又は利益が救済されるという関係にはない。
なお、原告は訴状において令三四条を引用するが、同条は、自動車の登録が存することを前提として、登録が対抗要件となる権利変動につき、その記載事項に係る登録の原因の無効又は取消しによる登録のまつ消について予告登録を規定するものであり、自動車の存在を公証する自動車の登録そのもののまつ消を求める訴えに係る予告登録を規定するものではない。また、原告の主張が右規定の準用をいうものであるとしても、本件における登録回復処分の取消しの訴え(請求一)は、処分の取消訴訟であって令三四条が規定する登録のまつ消の訴えには該当しないし、回復された本件自動車登録のまつ消の訴え(請求二)は、右に見たとおり、不適法であるから、予告登録の本案として考慮する余地もないものというべきである。
三 以上によれば、本件各訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 富越和厚 團藤丈士 水谷里枝子)
別紙<略>